高橋巌 / HARMONIA [CD]

2,300円(税込)

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LiveHouse PEPPERLANDより2010年にリリースされた高橋巌氏のハーモニカ音源。

高橋氏はルドルフ・シュタイナーを研究・翻訳し日本に初めて紹介した人物である。
慶応義塾大学講師を突然啖呵を切って辞職し、人智学運動・研究や執筆を長年に渡り展開されている。
シュタイナーはヨゼフ・ボイスの師、ゲーテ研究者、神秘学をベースにした人智学の創始者であり、昨今ではシュタイナー教育等が日本でもよく知られている。

高橋氏が演奏したハーモニカによる「ハルモニア」の音を、能勢が後世へ残したいとリリースされた。
収録テキストは小林直生氏(クリスチャン・ゲマインシャフト司祭)、松本順正氏(シュタイナー精神医学)、能勢遊神、能勢伊勢雄。


■ 高橋 巌 プロフィール ■
1928年東京代々木に生まれる。中学生時代に画家の荻野暎彦に師事。
「ヨーロッパへの関心を非常に掻き立てられた」ことに加えて、アルノルト・ベックリンを紹介されて魅了される。また従兄が特攻隊員として出征する時に残していったヘルマン・ヘッセの『デミアン』に非常に感動する。またノヴァーリスが紹介されている茅野蕭々の『独逸浪漫主義』を何度も読む中でヘッセとノヴァーリスの「つながり」を見つけ、両者に共通して生きている思想の流れがあるに違いないと確信し、それを見つけたいと思うようになる。
1951年(23歳)慶應義塾大学文学部 史学科卒業
1956年(28歳)同大学博士課程修了
1957-60年在独(留学) 1957年(29歳)秋に渡独。また同じく秋にエジプト並びにギリシアを歴訪。年末ドイツのミュンヘンにてロマン派美学を学ぶ過程でルドルフ・シュタイナーの弟子に会う。
1958年(30歳)6月前年秋の渡独直前に軽井沢の片山敏彦を訪ねた折にベルタ・シュタイヒャーを訪ねるように奨められたため、スイスのレンググリーズに赴く。高橋は美学者として最も本質的な影響を受けたのはハインリッヒ・フォン・シュタインであると屡公言しており、それは片山とシュタイヒャー抜きには語れないと述べている。
1964-66年在独(留学) 1965年(37歳)東ベルリンで開催された、戦後最初のドイツのロマン主義絵画展に赴く。
1968年(40歳)7月バーゼルの本屋で偶々知り合ったリッポルトという名の弁護士と共にマティアス・グリューネヴェルトの『イーゼンハイムの祭壇画』を見にコルマールへ赴く。
1973年(45歳)慶應義塾大学文学部教授退職
1975年(47歳)著作『神秘学序説』 イザラ書房
1977年(49歳)雑誌『ルドルフ・シュタイナー研究』創刊 人智学研究会 / 著作『ヨーロッパの闇と光』 イザラ書房 / 訳書『神智学―超感覚的世界の認識と人間の本質への導き』出版 ルドルフ・シュタイナー著 イザラ書房
1979年(51歳)著作『生きる意志と幼児教育』 ルドルフ・シュタイナー研究所 / 訳書『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』 ルドルフ・シュタイナー著 イザラ書房
1980年(52歳)著作『神秘学講義』 角川書店
1981年(53歳)6月19日 朝日新聞 人智学の時代  訳書『アカシャ年代記より』 ルドルフ・シュタイナー著 国書刊行会 / 訳書『オイリュトミー芸術』 ルドルフ・シュタイナー著 イザラ書房 / 雑誌『アントロポス』創刊 ルドルフ・シュタイナー研究所
1982年(54歳)著作『美術史から神秘学へ』 風の薔薇(発売:星雲社) / 対談『神秘学オデッセイ | 精神史の解読』 荒俣宏と 平河出版社
1985年(57歳)日本人智学協会設立
(wikipediaより転載)